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コピーライターから見た日常
欧日ビュー


ちょうど1ヶ月前、ミラノに行きました。
ミラノサローネに出展するADの柿木原さんのお手伝いで、撮影もあって。
シカク総動員で強行した5年ぶりのヨーロッパは、5年経っても変わらず、
石造りの街はどこへ行っても美しく思えました。

あらためて、ヨーロッパのどういうところが好きなんだろうと思うとき、
先日仕事でインタビューした、とあるヨーロッパ人の社長さんの言葉が思い出されました。

ヨーロッパは余暇が多い代わりに働こうという意識は低く、伝統的で保守的な場所。
日本は働くことへの意識が高く、モノにあふれていて、いつも新しく、刺激的な場所。

だからその社長さんは日本で起業して、スウェーデンで暮らしながら、
ときどき日本にやってきては、日本で刺激を受けて帰ります。

私は日本で暮らしていて、ときどきヨーロッパへ行っては、
ゆったりと流れる時間に身を任せます。

ないものねだり、ということでしょうか。

初めて海外へ行った頃、日本よりも海外という、目に飛び込むもの全てが新しい場所に、
大いに刺激を受けていて、その刺激を受けるために海外へまた行くという具合でした。

それがヨーロッパを何度も訪れるつれ、観光名所も訪れるものの、
都市ではなく、地方に足を運ぶようになってきて、
今や都市でも地方でも、人々の日常を見たいと思うようになりました。

観光というよりは、生活を覗くという視点でしょうか。

日本でも、最近はそんな視点を大切にしています。
それは実家が和食器屋を営んでいることに関係していると思いますが、
日本らしさや和といったもののよさが、幼少の頃からどこかに蓄積されていて、
少しずつ自分の中からにじみ出てきているというようなイメージです。

昨年、ポロシャツ現物広告という形でデビューしたOne Thing by Munsingwear。



染色、縫製、刺繍など、全行程を日本で行った100% JAPAN MADEの商品群の、
クラフトマンシップを伝えるために、今年はもう一歩進んだ広告表現に挑みました。

昨年秋の提案から6ヶ月の時間を経て、シカクメンバーを総動員して完成した映像は、
クライアントさんとの関係ができていて初めて作ることができる手段でした。

Munsingwearを象徴するペンギンのロゴ。

このペンギンの刺繍が、
コマ撮りされたポロシャツの布地で作られた花鳥風月の世界の中を旅する、というストーリーで、

日本の美しい技術が注がれたウェア
日本の美しい自然が表現された18の和のカラー

の魅力を Made in Beautiful. という言葉に込めて伝えています。

映像は、同時に制作したOne Thing by Munsingwear 公式HPからどうぞ。
(映像をクリックすると、拡大画像に切り替わります)

ホームページでは縫製工場の写真を通じてそのこだわりを伝えています。
徐々にブランドとしての形が整いつつあります。

そして6月4日から2週連続で展開される、新宿駅構内の壁面B0 20連広告。
こちらも鋭意作成中です。

その模様はMunsingwear公式Facebook等でチェックしてみてください。
乞うご期待。



posted by 原 晋 | 18:07 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
セブンフレッチェ

佐々木さんはというか、サントリーはというか、
BOSSの「ゼロの頂点」のCMがすごいのです。

パワーが。

完全に映画の予告だと思って見てたのですが、完全にCM。
制作費をタレント2人+コシノジュンコに集中した分、
それはそれで好きだった「食後の余韻」シリーズなどよりも、
他の部分にお金を掛けることができたのか。

日本では実現しにくいくらいのまばゆいクオリティ。
ネーミング、パッケージ、企画、音楽、演出、衣装、印刷まですべて。


グラフィックだけでもこのクオリティ。
そしてCMはその「ゼロの頂点」とは少し離れて見える世界観が、この続きを気にさせます。

もうWEB上では全編公開されてるんじゃないかと思って見てみると、
全編も何もないのか、この先がどうなるのか、続きはWEBでなんて小さなこと、
この佐々木がやると思ったかというように、何にもない。

今後どうなるかという全体の気になるストーリーが多少書いてあることと、
コシノジュンコが商品についてちょっとだけしゃべらされてるのが見れるくらい。
しかもそれさえけっこう面白い演出。

久々に見た圧倒的な広告です。
グラフィックもすばらしいですけど、これはコンセプトがしっかりしていて、
そしてそれを受け入れるクライアントがすばらしいからでしょう。

この案を通せるほうもバケモンですが。

しかし商品と関係ない。
関係ないんだけど、関係ないところに見えてやりきってるところがすごい。
飲みたくなるかどうかわからない。
でも気になることはメチャクチャ気になる。

自動販売機の少ないサントリーのことだから、コンビニに寄らない限りは出会わないでしょう。
ティザーのCMの時に買ったし、飲んだけどもう味とかもよく差がわからないし、
本当は機能性商品だということでもあるのだから他の文脈で語る可能性もあるんだけど、
それでいてこの商品でこの広告が今の自分に考えられたかというと、敗北感に満ちる。

しかしネーミングがとても好きだ。

ホームページは、「シーズン2公開初日」の今日、
すでに2000近いfacebookの「いいね!」を獲得しています。

CMを投下すること以外の仕掛けはないのに、アイディアだけで話題を作れています。
ホームページのアクセス数も、もう大変な数値になっていることでしょう。

さて、2月も終わりになりました。

また今年もTCCの審査の季節がやってきて、あいかわらず思うのは、
こいつらと戦うのか、ということです。

審査委員長の仲畑さんはいつも、
「どんなに小さな1本のコピーでも、もしそれがビッグキャンペーンのコピーだったら、
 そのコピーの効果はどうなるのか、という想像力を働かせて審査してほしい。」
と言っています。

もし「顔、上げよう。」というコピー


が、BOSSじゃなく、宇宙人ジョーンズじゃなかったらどういう評価なんだろう。
とも思うのです。

でも今年もまたこのどでかいキャンペーンの前に、
犬のお父さんや宇宙人ジョーンズやドラえもんの前に、
そのすべてをやってる佐々木さんの前に、自分の仕事が小さく見えるんだろうな。

今年のCMの応募数7本。
去年たくさんあったラジオがなかった分、減ってしまった。
グラフィックの応募は1ヶ月先ですけど。

7本全部の予算合わせたら、ようやくネーミングとパッケージデザインくらいできる金額になるのかな。

1年の仕事の決算のようなTCC賞の審査。
どうかちょっとでもこの「大人買い」の世界に一矢報いてください。

7本の矢でもポッキリ折られそうだけど。
検討を祈る。
posted by 原 晋 | 23:25 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
上野の青森
怒濤のような昨年1年を何とか乗り切り、
今年に入ってシカクは全員が少しゆったりとスタートしています。

フリーの人間にとっては、ゆったりとしている時間というのはつまり一円にもならない日々なのですが、
それはそれで楽しむほうがいいかと思いますので、それでよし。

なんてことを思っていたら、そんなのんびりムードもこの3日間は急速に減退し、
一気にトップギアに引き上げて、エンジン全開になりました。

昨年一年忙しい日々を過ごして思ったことは、
日本人は何でこんなに忙しく働くのだろう、と。

とにかく忙しい人が多すぎるような気がします。
景気が減退している訳ですから、ゆっくりとした時間を過ごすことも大切なのではないかと思うのですが、
景気が悪くなっているにもかかわらず、どうやらお仕事は忙しくなっているようで。

それでいて聞く話は景気のいい話はありません。
他の人からは会社への不満はよく聞くし、給料も上がらないし、いいことない、と。
通勤電車に乗れば無言で能面のような顔をしている人ばかり。

とかく日本人は楽しむことが苦手なのか、他の人への配慮が過ぎるのか、
だれかが働くと自分も働かなくてはいけないような風潮があります。

負の連鎖に思えるのですが、誰も自らのんびりしようとは言わず、
結局全員が何か「働かなければいけないムード」の中でもがいているような。

昨年、驚いたニュースのひとつに、三越伊勢丹グループが「定休日を設ける」ということでした。
これがニュースになる世の中なんだと。
そういえば定休日って、流通業界には聞かない話になってましたね、いつの間にか。

24時間開いているコンビニは便利だけど、経営する側は、
開けていないと他店との競争に負ける、といった強迫観念に刈られていて、
現場のことは見えていないのでしょう。

スピードとチャンスを失わないための経営は、日本人の休めない気質には向いているようで、
本心は誰も望んでいないことなのでしょう。
もはやお店が開いていてもそこにお客さんが入っていないという状態が多いのが、
消費者から見ても気になるのですが。

昨年末、同じくフリーランスコピーライターの先輩が、
「12月はもうお休み。よく働いた。」
と言って、のんびりしていました。

いいですね。
そういうの。

お仕事は断ったことがないので自分自身には可能かどうかはわからないです。
でも、会社員時代には毎年必ず全てのお休みを消化していたことを思うと、
もし仕事が入っていない時間があるとしたら、それは自分の時間に使おうというスタンスは、
どれだけ忙しくしていても忘れてはいけないな、とあらためて思いました。

さて、こうしてひと呼吸置いている間に、ひとつできました。



上野駅に本日オープンした、JR東日本が運営する、主に東日本の地域商材を扱うショップです。

のもの

という名前を付けました。
ショルダーには、「旬のもの、地のもの、縁のもの。」(縁=ゆかりと読みます)

それが由来です。


ネーミングが決まってすぐ、ADの堂々さんは「へのへのもへじ」のようなデザインを施してくれました。

このショップでは、たとえばオープンから3週間は青森県の商材を扱うフェア、
「青森のもの」
を開催し、それは県ごとに3週間くらいの単位で毎回変わります。

青森のもの、の後には、茨城のもの、というように。

毎月のフェアでは、各県のオリジナルフラッグが用意され、店内・店外で展開されます。


お店には、現地に行かないと手に入らないものがたくさん並んでいました。
行くたびごとに違う県のものを扱ってくれるショップには、その場で食べられるカフェも併設されています。


毎回、その地域の食材を使った特産品が提供されるので、メニューも毎回楽しみです。

さて、そんな のもの で私が買ったのは、


青森シードルと八甲田のチーズケーキ。

めちゃくちゃうまいです。
さすがに地域自慢。

買って帰ってすぐ、妻は4個食べてました。
そりゃ食い過ぎかと。

青森の、少しゆっくりとした空気を、家に持ち込むことができました。

本当はもっとたくさん野菜とかを買って帰りたかったのですが、
打ち合わせに野菜持って行けないな、と。
また行くとしよう。

そんなわけで、今年はゆっくりと働く・・・なんてことは自分にはまだ早いですが、
ゆっくりできる時間を持つようにしようと思った1月です。

きょうは雪がよく降るオープン日になりました。
青森も、今年はたくさん降ってるみたいですね。
posted by 原 晋 | 13:12 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
難関購入
冬になると今もまだスキー場へと通います。
昔に比べるとかなり人の少ないスキー場は、人気がないところであればリフト待ちは
土日でもほとんどありません。

もともとスキーをやっていたのですが、流行には勝てず学生時代の途中から
スノーボードも並行してやるようになり、
一時期からはスノーボードで新雪を攻めることにやみつきになりました。

そうして、ハイクアップしたり登山をしながらスノーボードをしたりと、
古くなったスキーを廃棄してからは、スノーボードを一式買い替え、
スキーはブーツとストックだけで、板は常にレンタルする日々を送ってきました。

スノーボードで新雪を滑るようになったきっかけとして、
そのふわふわな感触と、こけても痛くないことが挙げられますが、
何よりも悪天候の日が好きになるということが大きいと思います。

年齢を重ねるにつれ、コンディションのいい日にはたくさん滑るけれど、
そうでない日は早めに上がったり、宿でのんびりしたりと、
悪天候下ではあまり積極的に滑らなくなっていました。

スノーボードでも、パークで跳んだりはねたりしていた時代はやはり
コンディションがいい日は積極的に滑っていたのですが、
友人が目の前で骨折したのを機にパークを卒業し、
新雪に入るようになってからは、雪が降り続ける日こそチャンスだという、
思考のポジティブな転換が起こりました。

それ以降、晴れた日はスキー、雪の日はスノーボード、雨が降ったら宿で日本酒という
充実した冬山生活になりました。

さて、そんな、もう子どもの頃から続く冬山生活の中で、
毎年、だいたい古くなったり壊れてしまった道具を何かひとつ買い替えるのですが、
今年真っ先に買ったのは、スタッドレスタイヤです。

昨年まで9年も使ったスタッドレスタイヤは、溝は十分残っていたものの、
さすがにゴムが硬化してアイスバーンで思いっきり滑っていました。

買おうと決めたらモノを選ぶのは好きなので、たくさん比較します。
ポイントにしたのは、実はドライ性能です。

スタッドレスタイヤを使っていて思ったのは、ほとんど雪道を走らないこと。
雪国に住んでいる訳ではないので当然ですが、走る場所はほとんど普通のアスファルトです。
スキー場へ向かうアプローチのほうがよっぽど長いわけですから。

現代のスタッドレス性能ははっきり言って広告を詳しく比較したり、
使った感想を見てみたところでほぼ横一線にしか見えません。
それほど成熟してきた市場だと思います。
たぶんどのタイヤもスタッドレス性能はあたりまえにいいはず。

前回履いていたピレリのスタッドレスは、高速道路での安定性が非常に印象的でした。
これはF1にタイヤを供給している企業として、なのか、イタリアのアウトストラーダを走る
ために開発されたためなのか、定かではありませんが、実感として硬めのタイヤだと感じていました。

ですので、最初にピレリを検討しました。
同時に高速性能の高い、ミシュラン、コンチネンタルと、ヨーロッパのタイヤを比較検討しました。

そして170キロまで出せるように進化したミシュランに白羽の矢を立て、購入を決定。
しかしなぜか私の車のタイヤサイズは売り切れ続出。

続いてピレリ、コンチネンタルも売り切れ。
高速性能は劣るが、信頼のブリヂストンにしようと思っていたところで、
1社、190キロまで出せるという恐ろしい高速性能を持っているスタッドレスに出会いました。

ナンカン・・・?

聞いたことのないメーカー。
他社が1本35000円以上するのに、なんと1本7890円。

命を預かる製品で、この値段の安さはかなり疑心暗鬼になります。
でも190キロ。

調べてみると、台湾製でした。
雪・・・降らないよね、台湾。
ますます怪しい。

でも、昨年台湾に行って、その勤勉な国民性と日本から学んで、
すでに日本を越えているとまで言われている教育レベルの高さを知っています。

それを信用するか、やはり日本製にするか。

迷った時は、初めてのほうを選ぶのが自分らしいと思っています。
使ってみて、初めてあーだこーだ言える訳です。

で、ナンカンのタイヤに決定。
破格!

感想からすると、まーーーっったく問題ないです。
高速性能はもちろんのこと、スタッドレス性能も一切滑ることはありませんでした。
雪道は慎重にスピードを落として運転しているから、ということもあると思いますが。

この値段なら3年に1回新品にしてもいいですしね。
スタッドレスは劣化してからが性能に差がつきますから。

やっぱり台湾はいい国です。

そのNANKANGのホームページを覗いた時に見たロゴ。


んー。
どこかで見たことがあるような・・・。


あー。
なるほど。

横浜ゴムの・・・。

ちょっと不安になりました。
でも、日本のことが好きなんですもんね、台湾の人。
敬意を表してるだけだよね。
もしくはホントにたまたまだよね。

いいんです。
台湾のタイヤ、快適ですもん。
posted by 原 晋 | 13:35 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
イヤアンプ
TCC(東京コピーライターズクラブ)が1年に1度審査を行い、
そこで選ばれた今年を代表するコピーが一冊の本になります。
そして発刊を記念し、授賞式とともにパーティが開かれ、お披露目となります。

今年もコピー年鑑が届きました。
今年は例年に比べ倍くらいのコピーやCMが載っていて、その見本市は膨大です。

普段ならパラパラと読んでしまうものが、今年はなかなか終わりません。
その物量に圧倒されるとともに、目移りが激しく。
値段は変わらないのですが、例年よりかなりお得な感じがします。


白を基調としてイラストを主役とした上品な装丁は、毎年工夫を凝らした年鑑デザインの中でも
やさしさがあふれていて好感度が高いと思いました。

例年よりたくさん掲載されているということは自分の作品にも言えるわけで、
今年は自分史上最多の作品が掲載され、たくさん載ったなあと思っていたのですが、
残念ながら他の人たちもたくさん載っているわけで。

1年を振り返る指標としてこの年鑑に掲載されることはコピーライターの力量を
量られているようで、そういう意味ではたくさん載ったという事実は喜ぶべきことです。

年に1度、自分の1年を見つめ直す時期でありながら、そうは言いつつ目の前の仕事は
どんどん動いていきます。

今年もチャンスをもらった様々な人々に感謝しつつ、
そのチャンスを企業のチャンスに変えることにどれほど貢献できたか。
そんなことを考えてしまいます。

応募が来年2月までの作品だということは、
すでに来年の年鑑に掲載されるかもしれない広告は、半分は出てしまっています。

もう広告賞というものにはこのTCC賞しか出さなくなって久しいのですが、
審査に立ち会って7年が経過して、やはりいちばん公平に審査されていると思えます。

もう11月。
今年もたくさんの広告が現れ、去っていきました。
影響を受けたものが、自分の実体験の中でどのくらいあるでしょう。

先日ビックカメラを歩いていたとき、目に付いたディスプレイ。


Marshallは、ギターのアンプなどを作っているメーカーです。
ライヴ会場なんかでよく見かける、音楽をやる人にとってはよく知っている企業。

そのアンプのミニチュアに掛けられたヘッドフォン。
ヘッドフォンを出しているんですね。

このディスプレイと箱がすごくカッコよくて、
そして何よりこのMarshallのロゴのイメージが全体に表現されている世界観がたまらず、
商品を手に取りました。

特に気になったのは、小さいほうのイヤフォン。

ゴールドとブラックのクラシックなデザインながら、iPodを操作できる簡易型のマイク付リモコンが
搭載されていて、プラグもアンプに差すみたいな大きなゴールドというこだわり。
一目惚れです。

右耳に比べて、なぜか左耳の穴が小さい私の耳は、いつもイヤフォンが合わず、
耳が痛くなって長時間音楽を聴くことができません。

ところがこの商品は、


耳に当たる部分が大きく、耳の穴にフィットするけれども入り込まない。
だから試着しても長時間音楽を聴くことに耐えられそうな感じです。

何年も探し続けて、そのたびにあきらめて、
いつものSONYのヘッドフォンを購入して、
結局1年くらいで断線してすでに6代目に突入していました。

買っていた理由は、ネックバンド型で髪型を崩さない。
もう一つは、軽量で疲れない。
音もけっこう好きですが、ほぼその2つの、いわば音楽の本質とはほど遠い消極的な理由だけです。

そんな状況をようやく脱するだけの魅力を持った商品が現れたのです。
大切な音質は重低音の幅が大きく、ライヴに強いイメージのMarshallっぽい雰囲気。
好みとは少し違うけれど、それよりも買うだけの理由が揃ってしまいました。

パッケージも、


広告もデザインコントロールされています。


ここまで条件が揃うと、買ってしまいます。
こだわりが強いほうの自分でも。

やっぱり、商品と売場と広告の一致は大切です。
衝動は人の中にあって、それをどこまで引き出せるか。
きっかけとして、まずはそこが大切です。

でも、たまらなく欲しいと思わせてくれた広告も、商品を見た途端にその気持ちがしぼむ。
たまらなく欲しいと思わせてくれた商品も、広告を見た途端にその気持ちがしぼむ。

今年は少し、そんな経験が多い一年でした。

つくづく、買うという行為にまで至らせるのは難しい。
必要なものを選んで買う時代です。
ムダなものは買わない時代とも言えます。

買う理由を与える広告を。
しかもたくさんの理由を。
ポスター、CM、パッケージ、リーフレット、その一つひとつが購入理由になる一体感。
商品の魅力は、もちろん最初に大切な条件ですが。

あと4ヶ月となった来年の応募までに、作れなくてもいいのですが。
作るための努力は怠ってはいけません。

さて、来年の今頃はどんなコピー年鑑を手にしているのでしょう。
その期待は、すべてこれからの自分自身に掛けられるものです。

まず自分が欲しいと思えるように。
posted by 原 晋 | 21:25 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
林檎感性
MacBook Airを購入して10ヶ月ほどが経ちます。
この製品を買って気づいたことは、
もちろんその軽さや起動の速さといったスペック的なこともありますが、
生活スタイルまでが変わってしまったことです。

シカクが四谷に引っ越して最初のころは、オフィスで仕事をしていました。
閑静な住宅街は物事を考えるには便利で、しばらくはオフィスにこもって仕事をしていたのですが、
やはり打ち合わせの合間にも仕事をしたほうが効率がいい。

それもあって、購入に踏み切りました。
そしてWi-Fiを契約してネット環境を整えた後は、
もうほとんどスタバで企画やコピーを考える日々に。

気分によって、場所を変えながら考えるスタイルに変わりました。

Apple製品とはもう15年以上のつき合いになるのですが、
製品を買う度に、こういうライフスタイルの変化が生まれます。

それを含めてきっとこの会社や製品が好きなのでしょう。
昨日のジョブスの死はとても残念な出来事でした。

Appleの広告ももちろん、大好きです。

海外の広告で最も好きなコピーを1つ挙げてくださいと言われたら、
間違いなくAppleのThink Differentの広告コピーを挙げると思います。


クレージーな人たちがいる。

反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。

四角い穴に、丸い杭を打ちこむように

物事をまるで違う目で見る人たち。

 

彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。

彼らの言葉に心をうたれる人がいる。

反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。

しかし、彼らを無視することは誰もできない。

なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

 

彼らは発明した。創造した。人の心をいやし、奮い立たせた。

彼らは人間を前進させた。

彼らは人と違った発想をする。

そうでなければ、何もないキャンパスの上に

芸術作品は見えてくるだろうか?

静寂の中に、今までにない音楽が聞こえてくるだろうか?

 

私たちは、そんな人たちのために道具を作る。

クレージーと言われる人たちを、私たちは天才と思う。

自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、

本当に世界を変えているのだから。

 

Think different  


この広告は、スティーブ=ジョブスの生き方そのものだったのではないでしょうか。

この次に出るApple製品がどのような変化を見せるのかによって、
今後のApple社のイメージは大きく変わってくるでしょう。

今や、iMac、MacBook、MacBook Air、iPod、iPad、iPhoneに囲まれて生活する日々です。

持つことで喜びを得て、持つことで気分が高揚し、持つことで誇らしい。

そういう製品は、日本ではなかなか見つかりません。
好きな車に近い感覚。

製品としての完成度の高さは言うまでもないのですが、
Appleのデザインは、冒頭のAirを得た時の変化のように、
その生活や仕組みにまでが同時にデザインされていることです。

パソコンから設定をほぼなくし、
パソコンから説明書をほぼなくした。

それがMac普及の最大の理由だと思います。
よく「熱狂的な信者」がいると言われるAppleですが、
今やApple製品は「熱狂的な大衆」を得ることに成功しました。

消費者がもっとも困っていた「専門性」を排除することで、
パソコンがテレビと同じ(あるいは地デジ時代のいまのテレビより簡単かも)くらいの
簡単で便利な製品へとシフトしたのです。

難しい工業製品に、「直感」という、ビジネスに結びつきにくい「感覚」を利用した
その功績はとても大きいと思います。

理論を積み上げてできあがる製品ではなく、
こんな製品があればいいよね、という視点から生まれる製品の強さを知っている会社。

いいアイディアは、とてもシンプルなものだ、とはよく言われることですが、
それを製品を通じて教えてくれました。

おかげで、会社員時代に使っていたWindowsには、もう戻れない体になってしまいました。

これからの製品がどうなるかはまだわかりませんが、
より「感覚的に」操作でき、「心地よさ」や「楽しさ」を与えるような製品の誕生を、
Appleに期待しています。

偉大な先駆者を失うと、多くは「会社」として「集団の力」に頼ろうとするものです。
そしてその先駆者のDNAは徐々に薄れていく。
集団の力は強いのですが、個性を消す方向に働くことが多いのも事実です。

HONDAが小さなTOYOTAに見えてしかたない今日このごろ。

AppleがMicrosoftにならないように、
ジョブスという先駆者を継ぐ偉大な後継者の誕生を祈るばかりです。
posted by 原 晋 | 16:50 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
惑星吉祥寺
日本のコピーベスト500という本を読んでいます。
いまさらベスト500にしなくても、自分の中には500ほどのベストコピーはあると
思っていたのですが、いざ本になってみて、しかもそこにはビジュアルもなく
ただ活字だけが並んでいるものを眺めてみると、たしかにベスト500なわけです。

何がいいかというと、そのトップ100には時代背景を含む解説が、
一流の先輩コピーライターの方々によって書かれているのです。

それを読むのでこれが読み物として成立しています。
これがなければコピー集なので、コピーライターといえどわからない本になってしまうでしょう。

コピーは、時代を切り取る役割、というより使命があります。
商品やブランドが常にその時代背景において成立するものでなくてはならないように、
コピーもその時代背景においてのみ成立する必要があるともいえます。

もちろん普遍性を謳うことで、長く長く語り継がれるコピーになっていくことによって、
10年、あるいは20年もの間、商品が同じコピーで語られる、
サントリーウィスキー「山崎」の


なにも足さない。
なにも引かない。

のようなコピーもありますが。

仲畑さんは常に、コピーはコストパフォーマンスがいいと言っています。
タレントは一時の人気に左右されるのに数千万円〜数億円の大金を払います。
コピーは10年使われても数百万とか、かつての糸井さんが言っていた、
1本1千万円くらい。(言っていただけで本当かはわからないですが)

コピーライターは時代背景や商品背景や消費者の背景までをも含めて
企業や商品のコンサルティングをして、そこから1行を生み出すわけですから、
決してその金額は高いとは言えず、むしろ正しく機能すれば企業は
とても得していることが多いと言えます。

商品の移り変わりが激しい世の中になってから、
商品とともに移り変わるコピーは、寿命の短い宿命を背負うことになりましたが。

この匿名の商売は、こうして本や雑誌に掲載されるときにだけ、その匿名性がなくなります。
父はだからこそ「このコピーは誰が書いたんだ?」ということが気になるらしく、
よく聞かれます。

それはおそらく父が生涯で初めてコピーライターという人間に直接触れた、
その人の影響もあるのかもしれません。

私が二浪したせいで学生時代に同じ学年になってしまった妹は、
4年間同じ東京暮らしだったにもかかわらず兄妹でいっしょに住むことをお互いに拒み、
池袋から数駅の場所で一人暮らしをしていました。

プラネット吉祥寺という、なんともセンスのない名前の、
天井高1メートルのロフトが付いていたこと以外はまったく普通の間取りのアパートを
選んだ「惑星」住まいの私とは違って、妹はいいアパートに住んでいました。

それには父が出張してきた時にはホテルではなくその家に泊まるという条件があって、
だからこそ親といっしょに選んだそのアパートは、
ロフトと言いながらそのロフトが10畳ほどもあって、
斜めの屋根を活用した屋根裏のような構造だったけれども端っこは立って歩ける天井高。

階段で上がっていくので実質二階建てという立派なものでした。
その名前が「チパサ」。

アルジェリアにある地中海沿いの街の白い家の名前を冠したというそのアパートの外観は
真っ白で、構造も凝っていました。

そのアパートのオーナーが、父が触れた宮崎光氏。
もう引退して作家となり、八ヶ岳の麓の山中に住んでいます。

その宮崎さんが日本デザインセンターに勤務していた時代に書いた


いつかは、クラウン。

というコピーはこの本のベスト100に入っていて、
ソフトバンクやBOSSのCDをつとめる佐々木宏氏の
「自分は越えられなかった」という嫉妬深い感想とともに紹介されていて、
久々に世の中にその名が知られる機会ができたな、と思いながら見つめていました。

宮崎さんと出会って以来、そして私がこの商売に就いて以来なのか、
父はだれが書いたコピーなのかを気にします。

仲畑さんが好きな私はよく仲畑さんのことを話すのですが、
父はその人のコピーはよく知らない、と。

「おしりだって洗ってほしい。」というコピーは知らないのだそうで。
地元TOTOのウォシュレットのコピーは、貧しかった頃、
私たち家族には関係のない商品だったのかも知れません。

でもこの本に、父がもっともよく知っている仲畑コピーが紹介されていました。

反省だけなら、サルでもできる。

ああ、そうだ。
それはよく言われたものです。
小言だった気もしますし、冗談でだれかに言っていた気もします。

チオビタドリンクの広告でした。

ちなみに母が最も口に出して言っていたコピーは、


亭主元気で、留守がいい。

これは世代が変わっても、わが家に受け継がれている永遠の名コピーです。
残念ながら。

かつてマスといわれた「一般大衆」にテレビという影響がもっとも行き届いた時代に生まれた、
人々の口々に行き渡るコピー。

手法は変わっても、現代にも通用するでしょう。
ベスト100、ベスト10とは言わなくても、少なくとも500には1本送り込めるくらいの
コピーを書きたいもんです。

その101位以下の400本には、惜しいかな、解説が付いていません。
知らない時代の、知らない地域のコピーの、生まれた理由を知る。

それはコピーライターの地位向上に少し寄与する気がします。
来年、TCC(東京コピーライターズクラブ)が50周年を迎えます。

発足以前から含めて日本で1世紀以上も続く商売が、実態をまだあまり知られていない。
自慢があまり好まれないこの国に生まれた私たちは、
自分たちの商売を広告するのがもっとも苦手なのかも知れません。
posted by 原 晋 | 15:37 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
都市とゴルフ
すでに100万都市に住んでいたという意味では都市生活者だったかもしれないのに、
どうしてあの頃、強く東京に憧れていたのでしょう。

地元という場所への反発なのか、新しい場所やモノが好きな父親譲りの性分か。
いま時が経って、落ち着いた田舎暮らしの方がいいと思うようになっているのに。

それでもモノのあふれる東京は新しい体験に出会うには世界中のどの都市よりも刺激的で、
実際に買うかどうかはともかく買い物という行為が好きな自分には悪くない、
と心のどこかで思っているような気もします。

買うという過程が好きなことが結局、広告という商売を選んだ理由でもありますし。
ある意味すべての商品が高関与商品。
比較したり吟味したりするその行為が好きなのでしょう。

活動が深夜帯におよぶことが多いこの商売は、
眠らない街の恩恵をこうむっていることも確か。

都市生活には、何でも手に入る自由と、いつでもやりたいことが叶う自由があって、
積極的な性格であればあるほど過ごしやすいところだと思います。

一方で、そのスピード感や規律の多い窮屈さは、
それと対峙し続けるには私は田舎者すぎて、
いつでも関越道や中央道を使って山へ逃れられるようにしておきたいという思いから
上京以来ずっと、中途半端な西の郊外に住んでいます。

いまは多趣味と言われているのも、
以前はただ遊びの延長で近所でやっていたものが、わざわざ車で移動してまで
あえて運動をしないといけない都市という場所のせいでしょう。

そもそも日常生活をしていたら毎日往復3キロ通学で歩いたり、
10キロ通学で自転車に乗っていたり、
毎日が自然に運動する状態にある生活ですので、
あえてスポーツをする必要がなかったとも言えます。

都市生活者は、わざわざ自然を求めてスポーツをしに行かないといけない
という不自然さを抱えているのです。

特にゴルフというスポーツには、その意味を色濃く感じます。
このスポーツが、日本ではとりわけサラリーマンに支持されるようになった背景を、
東京という都市で社会人になって、初めて理解できるようになりました。

なぜ朝早く起きて都会を離れ、夜明けから高いお金を払ってまでゴルフをするのか。
学生時代にはわからなかったその意味を、自分が社会という特に都市生活の規律を求められる
場所に身を置くようになってわかるようになりました。

仕事という、ある意味不自然な経済活動は、
お互いの利害関係の中で、人と人という自然な付き合い方が難しく、
そこにはどこか自分らしさを抑えている窮屈さがあります。

毎日その荒波の中で揉まれていると、自分というものが何なのか、
その存在理由を求めるがために、都市を離れる時間を必要としています。

都市生活から身の解放。

ゴルフにはそういう側面があるのではないでしょうか。
ゴルフは自分との戦いです。

自分の精神状態と体の動きが一致してはじめていいスコアに結びつく。
成功も失敗も、上司のせいではなく、部下のせいでもなく、自分の責任。

そんな世界に時に身を置くことが、健全な自分を保つためには必要なのかもしれない。

そういう意味を、社会人になってゴルフに見いだすようになりました。
その静的な感情のさざ波を顕在化させることで、共感を得る。
それが今年のマンシングウェアを通じて伝えたかったことでした。

Munsingwear TVCM 2011(TVCMのバナーをクリックすると再生されます)

世の中のゴルファーの心理を代弁する。
それが昨年から掲げるブランドスローガン、spirit of golf.
つまりゴルフの精神を受け継ぐMunsingwearの役割です。

今日からMunsingwear Ladies 東海クラシックが始まりました。
愛知出張で初日を観戦して思うことは、アスリートとしての精神力。

その強さを受け継ぎたい。
そんな思いにさせてくれた日本女性。

ゴルフにも、世界を相手に戦うなでしこたちは存在するようです。

明後日の最終日は全国放送。
この精神を受け継いで行けば、日本もまだまだ悪くない。

ゴルフがそんな前向きな気持ちへとシフトするためのスポーツであってほしい。
そんな願いを込めて作ったCMです。






posted by 原 晋 | 22:39 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
炭水レインボー
山頂から見る景色は遠く富士山を望み、北アルプスの山並みがどこまでも続いていて、
雪渓を抱いたなだらかな山容の白馬岳に、いつまでも留まりたい。

そんなイメージを描いていたこの週末。
見事に裏切られました。

近年、毎年登るアルプスでは天候に恵まれず、
ずっと天気がよいという状態はもう4年もありません。

木曽御岳山、聖岳、槍ヶ岳〜南岳縦走、荒川〜赤石縦走と、
なにか4年前からだんだん悪くなってきて、今年の白馬岳はついに台風直撃。

当初の予想であれば、金曜には北海道へ抜けて・・・となっていたのですが、
見事に居座り、この災害です。

しかたないですね。
まさか四国に上陸した台風が、中央高速道路を通行止めにしてしまうとは。

天候不順になって5年にして、ついに中止となりました。

毎日天気予報を見ては、毎日変更。
せっかく合わせて休みを取ったメンバーが、1日だけでも登れないだろうかと考え、
できるだけ台風から遠い場所への1泊登山や、3日遅れで日帰り登山まで計画しましたが、
日本の半分以上を覆ってしまうほどの強風域と雨雲には勝てませんでした。

今回はタイミングが合いませんでしたが、台風一過というのは
土砂崩れなどの危険性が出るほどの雨を降らせなかった場合や、
スピードが速く、規模が小さな台風が通過した後の場合であれば、
もっとも美しい景色が臨めるタイミングです。

台風は全ての湿気を持ち去って、あとには乾燥した、透き通った空気を残してくれます。
そのため多くの場合は快晴の日が2〜3日ほど続きます。

そのタイミングに山へ行くと、どこまでも澄み渡った空が続き、
どこまででも見渡せるのではないかと思うほどの景色が広がっています。

とりわけ関東をスピードを上げて通過する台風は、
雨の降りにくい西側にあたるアルプスの山々へ登るとすばらしい登山ができます。

富士山が見える北限は福島県の山中なのですが、
観測された日は台風一過の夜明けすぐ。

関東を抜けた台風が東北を通過し、福島から静岡まで見渡せるほどの美しい空気を
もたらした一瞬のできごとでした。

山へ登れなかった昨日、東京にも台風が美しい空をくれました。


東京に来てあまり虹を見なかったのですが、昨日は台風が北上した直後に
日差しが差し込み、まだ残っていた雨の区域を照らし出して美しい虹を架けてくれました。。

多摩川沿いを車で通っていたときに見かけたので、写真を撮る頃には薄くなっていましたが。

登山中には、虹は時々顔を出してくれます。
特に珍しいのは、自分の影の周りに360°の虹がかかるブロッケン現象。


これは私が撮影したのではありませんが、
自分の影が霧に落ちた時に起こる現象なので、天気のよい日に山の稜線を歩くと、
足もとに湧いた霧の中に虹が架かるのです。

こういう景色が見える稜線までには、いつもどおり長いアプローチがあるのですが。
しっかりと、


炭水化物

を取りながら。

色紙にするほどのことか・・・。
と言いつつ、かなり目についたので。
人間が生きる上で大切な栄養素ですもんね。

吉祥寺にあるナポリタン専門店の店頭で見かけました。


店名は、「パンチョ」。
右上に小さく書いてありました。

その名は往年のプロ野球ファンはドラフト会議を思い出しますね。


いい声です。

巨人に指名された大森は、期待はずれでした。
指名されなかった元木大介、生意気でした。

しかしこのパンチョ、見た目には店名などどうでもいいという割り切りを感じます。
確かに、昼食へ行くときに、「あのパスタのうまい店」とか「500円定食の店」とか
いいますよね。

はじめから店名よりも店の定義が大切だと言うことを店名の代わりにしている手法。
計算なのかどうかまでは知りませんが、広告的には成功だと思いました。

だってナポリタンって、古い喫茶店のにおいがして、
ラーメンと同じように時々食べたくなるんです。
いつか一度入ってみようと思います。

ところでこの台風一過、水曜と木曜が最高の天気になるみたいですね。
ああ、白馬岳に行きたい・・・。
posted by 原 晋 | 21:33 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
カボチャ空
会社員を辞めて以来、初めて土日を含むとはいうものの10日間という休みを取りました。
車で香川経由で実家のある福岡へ帰省。

朝3時すぎに出発して、1000円高速がなくなった東名高速に、
半額になるギリギリの4時前に乗り、浜名湖まで3時間で到着。

このまま順調に行くと、初日の目的地である淡路島には10時半頃には到着するという
ナビの予想タイム。

でもそこから「渋滞予測」にはない事故渋滞3件と、神戸付近の渋滞で、
結局浜名湖まで3時間しか掛からなかったのに、そこから淡路島までは10時間・・・。

日本の車の数はそんなに多くはないとは思うけれど、
都市部の交通網の整備は急務。

それなのに予算が投下されたものの、
一度は止まったはずの新東名高速道路は徐々に建設が進んでいました。

おそらく必要ないですね。
少なくとも、財政難のいまやるべきことかどうかは怪しい。

これは高速道路だけの問題ではなく、きっと休みが同じ時期に集中することと、
休みの期間が短いから余裕がないことに、大きな原因があると思っています。

会社員時代には、私は6月に2週間の休みを取ることが通例でした。

だいたい自分の休みを決められずに後回しにしてしまう上司への遠慮から、
夏休み取得期限の9月に取得者が集中して、結局夏休みが取れなかったり、
分散して休んだり、つまらない日本の遠慮だなあ、と思っていました。

だからもう3月には飛行機のチケットを押さえて、そこしか休めない状況を作って、
部内全員の休み予定記入表を作って、自分のだけ先に記入して上司に承認してもらってました。

日頃は全力で働くので、せめて休みくらいは自分の意志で取らせてほしい。
そう思っていました。

独立してからも、それは変わりません。
もちろん、休みの中に仕事が食い込んできたり、緊急で対応しないといけないこともありますが、
だいたいは夏休みを取りますと宣言してしまえば、その日程は避けてくれたり、
打ち合わせをずらしてくれたり、日程調整してくれるものです。

それが原因で仕事がなくなったこともありません。
むしろ上司がいない分、無駄な予定表作りの時間もなくなって、
仕事に集中する時間が増えたかもしれません。

そうして2日目にたどり着いた香川の海と空は青くて、草間彌生のかぼちゃがよく映えていました。


そういえば美術の中でも、こういった現代芸術作品はあまり積極的に触れずに来たように思えます。
それはきっと、美術館の中に鎮座していて、作品を次々に見せられることの圧迫感を
どこかで感じていて、フラットな気持ちで触れたり感じたりするのではなく、
お金を払ってその場所に美術を見に行っているという意識だったからだと思いました。

一年中港に座っているこのカボチャは、存在感としては「見てくれよ」と言わんばかりですが、
実際には、ただそこへ行くだけで目に入ってきて、大きさや存在を感じることができました。

それが美術への正しい触れ方なのでしょう。
香川の島々を10年がかりで美術で埋めていく活動をした安藤忠雄をはじめとする
建築、美術のメンバーの考えや意図がよくわかりました。

このカボチャのある直島には他にも、
集落の中の建物を美術品に変えた「家プロジェクト」という地域や、
時間がなくて行けなかったハイライトの地中美術館などがあり、
それぞれ自然体で美術へ触れられる仕組みからよく考えられていました。

こうすれば美術を「芸術だから、見てくれ!」と声高に言う必要や、
有名な芸術家の作品を客寄せ用に持ってくる必要はないと思いました。

何度見ても何度見ても、いまいち理解しにくかった現代芸術に、
36歳にしてようやく目覚めた感じがします。

惜しむらくは、この香川という場所のすばらしさを知るきっかけとなった
香川県PRの仕事に競合で負けたこと、ですかね。

アートプロジェクトを実現する感性はすばらしいので、
あとは広告への感度を高めてもらえたら、もっと観光客が来るだろうに。


かがやくけん、かがわけん。

北海道をPRした名作コピー、

でっかいどう、北海道。

を作った故真木準さんが、香川でも作ってました。
後釜になりたかったな。

香川には、まだアートプロジェクトの島々がたくさんあって、しばらく通うことになりそうです。
また来年。

posted by 原 晋 | 17:44 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |