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コピーライターから見た日常
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惑星吉祥寺
日本のコピーベスト500という本を読んでいます。
いまさらベスト500にしなくても、自分の中には500ほどのベストコピーはあると
思っていたのですが、いざ本になってみて、しかもそこにはビジュアルもなく
ただ活字だけが並んでいるものを眺めてみると、たしかにベスト500なわけです。

何がいいかというと、そのトップ100には時代背景を含む解説が、
一流の先輩コピーライターの方々によって書かれているのです。

それを読むのでこれが読み物として成立しています。
これがなければコピー集なので、コピーライターといえどわからない本になってしまうでしょう。

コピーは、時代を切り取る役割、というより使命があります。
商品やブランドが常にその時代背景において成立するものでなくてはならないように、
コピーもその時代背景においてのみ成立する必要があるともいえます。

もちろん普遍性を謳うことで、長く長く語り継がれるコピーになっていくことによって、
10年、あるいは20年もの間、商品が同じコピーで語られる、
サントリーウィスキー「山崎」の


なにも足さない。
なにも引かない。

のようなコピーもありますが。

仲畑さんは常に、コピーはコストパフォーマンスがいいと言っています。
タレントは一時の人気に左右されるのに数千万円〜数億円の大金を払います。
コピーは10年使われても数百万とか、かつての糸井さんが言っていた、
1本1千万円くらい。(言っていただけで本当かはわからないですが)

コピーライターは時代背景や商品背景や消費者の背景までをも含めて
企業や商品のコンサルティングをして、そこから1行を生み出すわけですから、
決してその金額は高いとは言えず、むしろ正しく機能すれば企業は
とても得していることが多いと言えます。

商品の移り変わりが激しい世の中になってから、
商品とともに移り変わるコピーは、寿命の短い宿命を背負うことになりましたが。

この匿名の商売は、こうして本や雑誌に掲載されるときにだけ、その匿名性がなくなります。
父はだからこそ「このコピーは誰が書いたんだ?」ということが気になるらしく、
よく聞かれます。

それはおそらく父が生涯で初めてコピーライターという人間に直接触れた、
その人の影響もあるのかもしれません。

私が二浪したせいで学生時代に同じ学年になってしまった妹は、
4年間同じ東京暮らしだったにもかかわらず兄妹でいっしょに住むことをお互いに拒み、
池袋から数駅の場所で一人暮らしをしていました。

プラネット吉祥寺という、なんともセンスのない名前の、
天井高1メートルのロフトが付いていたこと以外はまったく普通の間取りのアパートを
選んだ「惑星」住まいの私とは違って、妹はいいアパートに住んでいました。

それには父が出張してきた時にはホテルではなくその家に泊まるという条件があって、
だからこそ親といっしょに選んだそのアパートは、
ロフトと言いながらそのロフトが10畳ほどもあって、
斜めの屋根を活用した屋根裏のような構造だったけれども端っこは立って歩ける天井高。

階段で上がっていくので実質二階建てという立派なものでした。
その名前が「チパサ」。

アルジェリアにある地中海沿いの街の白い家の名前を冠したというそのアパートの外観は
真っ白で、構造も凝っていました。

そのアパートのオーナーが、父が触れた宮崎光氏。
もう引退して作家となり、八ヶ岳の麓の山中に住んでいます。

その宮崎さんが日本デザインセンターに勤務していた時代に書いた


いつかは、クラウン。

というコピーはこの本のベスト100に入っていて、
ソフトバンクやBOSSのCDをつとめる佐々木宏氏の
「自分は越えられなかった」という嫉妬深い感想とともに紹介されていて、
久々に世の中にその名が知られる機会ができたな、と思いながら見つめていました。

宮崎さんと出会って以来、そして私がこの商売に就いて以来なのか、
父はだれが書いたコピーなのかを気にします。

仲畑さんが好きな私はよく仲畑さんのことを話すのですが、
父はその人のコピーはよく知らない、と。

「おしりだって洗ってほしい。」というコピーは知らないのだそうで。
地元TOTOのウォシュレットのコピーは、貧しかった頃、
私たち家族には関係のない商品だったのかも知れません。

でもこの本に、父がもっともよく知っている仲畑コピーが紹介されていました。

反省だけなら、サルでもできる。

ああ、そうだ。
それはよく言われたものです。
小言だった気もしますし、冗談でだれかに言っていた気もします。

チオビタドリンクの広告でした。

ちなみに母が最も口に出して言っていたコピーは、


亭主元気で、留守がいい。

これは世代が変わっても、わが家に受け継がれている永遠の名コピーです。
残念ながら。

かつてマスといわれた「一般大衆」にテレビという影響がもっとも行き届いた時代に生まれた、
人々の口々に行き渡るコピー。

手法は変わっても、現代にも通用するでしょう。
ベスト100、ベスト10とは言わなくても、少なくとも500には1本送り込めるくらいの
コピーを書きたいもんです。

その101位以下の400本には、惜しいかな、解説が付いていません。
知らない時代の、知らない地域のコピーの、生まれた理由を知る。

それはコピーライターの地位向上に少し寄与する気がします。
来年、TCC(東京コピーライターズクラブ)が50周年を迎えます。

発足以前から含めて日本で1世紀以上も続く商売が、実態をまだあまり知られていない。
自慢があまり好まれないこの国に生まれた私たちは、
自分たちの商売を広告するのがもっとも苦手なのかも知れません。
posted by 原 晋 | 15:37 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
都市とゴルフ
すでに100万都市に住んでいたという意味では都市生活者だったかもしれないのに、
どうしてあの頃、強く東京に憧れていたのでしょう。

地元という場所への反発なのか、新しい場所やモノが好きな父親譲りの性分か。
いま時が経って、落ち着いた田舎暮らしの方がいいと思うようになっているのに。

それでもモノのあふれる東京は新しい体験に出会うには世界中のどの都市よりも刺激的で、
実際に買うかどうかはともかく買い物という行為が好きな自分には悪くない、
と心のどこかで思っているような気もします。

買うという過程が好きなことが結局、広告という商売を選んだ理由でもありますし。
ある意味すべての商品が高関与商品。
比較したり吟味したりするその行為が好きなのでしょう。

活動が深夜帯におよぶことが多いこの商売は、
眠らない街の恩恵をこうむっていることも確か。

都市生活には、何でも手に入る自由と、いつでもやりたいことが叶う自由があって、
積極的な性格であればあるほど過ごしやすいところだと思います。

一方で、そのスピード感や規律の多い窮屈さは、
それと対峙し続けるには私は田舎者すぎて、
いつでも関越道や中央道を使って山へ逃れられるようにしておきたいという思いから
上京以来ずっと、中途半端な西の郊外に住んでいます。

いまは多趣味と言われているのも、
以前はただ遊びの延長で近所でやっていたものが、わざわざ車で移動してまで
あえて運動をしないといけない都市という場所のせいでしょう。

そもそも日常生活をしていたら毎日往復3キロ通学で歩いたり、
10キロ通学で自転車に乗っていたり、
毎日が自然に運動する状態にある生活ですので、
あえてスポーツをする必要がなかったとも言えます。

都市生活者は、わざわざ自然を求めてスポーツをしに行かないといけない
という不自然さを抱えているのです。

特にゴルフというスポーツには、その意味を色濃く感じます。
このスポーツが、日本ではとりわけサラリーマンに支持されるようになった背景を、
東京という都市で社会人になって、初めて理解できるようになりました。

なぜ朝早く起きて都会を離れ、夜明けから高いお金を払ってまでゴルフをするのか。
学生時代にはわからなかったその意味を、自分が社会という特に都市生活の規律を求められる
場所に身を置くようになってわかるようになりました。

仕事という、ある意味不自然な経済活動は、
お互いの利害関係の中で、人と人という自然な付き合い方が難しく、
そこにはどこか自分らしさを抑えている窮屈さがあります。

毎日その荒波の中で揉まれていると、自分というものが何なのか、
その存在理由を求めるがために、都市を離れる時間を必要としています。

都市生活から身の解放。

ゴルフにはそういう側面があるのではないでしょうか。
ゴルフは自分との戦いです。

自分の精神状態と体の動きが一致してはじめていいスコアに結びつく。
成功も失敗も、上司のせいではなく、部下のせいでもなく、自分の責任。

そんな世界に時に身を置くことが、健全な自分を保つためには必要なのかもしれない。

そういう意味を、社会人になってゴルフに見いだすようになりました。
その静的な感情のさざ波を顕在化させることで、共感を得る。
それが今年のマンシングウェアを通じて伝えたかったことでした。

Munsingwear TVCM 2011(TVCMのバナーをクリックすると再生されます)

世の中のゴルファーの心理を代弁する。
それが昨年から掲げるブランドスローガン、spirit of golf.
つまりゴルフの精神を受け継ぐMunsingwearの役割です。

今日からMunsingwear Ladies 東海クラシックが始まりました。
愛知出張で初日を観戦して思うことは、アスリートとしての精神力。

その強さを受け継ぎたい。
そんな思いにさせてくれた日本女性。

ゴルフにも、世界を相手に戦うなでしこたちは存在するようです。

明後日の最終日は全国放送。
この精神を受け継いで行けば、日本もまだまだ悪くない。

ゴルフがそんな前向きな気持ちへとシフトするためのスポーツであってほしい。
そんな願いを込めて作ったCMです。






posted by 原 晋 | 22:39 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
炭水レインボー
山頂から見る景色は遠く富士山を望み、北アルプスの山並みがどこまでも続いていて、
雪渓を抱いたなだらかな山容の白馬岳に、いつまでも留まりたい。

そんなイメージを描いていたこの週末。
見事に裏切られました。

近年、毎年登るアルプスでは天候に恵まれず、
ずっと天気がよいという状態はもう4年もありません。

木曽御岳山、聖岳、槍ヶ岳〜南岳縦走、荒川〜赤石縦走と、
なにか4年前からだんだん悪くなってきて、今年の白馬岳はついに台風直撃。

当初の予想であれば、金曜には北海道へ抜けて・・・となっていたのですが、
見事に居座り、この災害です。

しかたないですね。
まさか四国に上陸した台風が、中央高速道路を通行止めにしてしまうとは。

天候不順になって5年にして、ついに中止となりました。

毎日天気予報を見ては、毎日変更。
せっかく合わせて休みを取ったメンバーが、1日だけでも登れないだろうかと考え、
できるだけ台風から遠い場所への1泊登山や、3日遅れで日帰り登山まで計画しましたが、
日本の半分以上を覆ってしまうほどの強風域と雨雲には勝てませんでした。

今回はタイミングが合いませんでしたが、台風一過というのは
土砂崩れなどの危険性が出るほどの雨を降らせなかった場合や、
スピードが速く、規模が小さな台風が通過した後の場合であれば、
もっとも美しい景色が臨めるタイミングです。

台風は全ての湿気を持ち去って、あとには乾燥した、透き通った空気を残してくれます。
そのため多くの場合は快晴の日が2〜3日ほど続きます。

そのタイミングに山へ行くと、どこまでも澄み渡った空が続き、
どこまででも見渡せるのではないかと思うほどの景色が広がっています。

とりわけ関東をスピードを上げて通過する台風は、
雨の降りにくい西側にあたるアルプスの山々へ登るとすばらしい登山ができます。

富士山が見える北限は福島県の山中なのですが、
観測された日は台風一過の夜明けすぐ。

関東を抜けた台風が東北を通過し、福島から静岡まで見渡せるほどの美しい空気を
もたらした一瞬のできごとでした。

山へ登れなかった昨日、東京にも台風が美しい空をくれました。


東京に来てあまり虹を見なかったのですが、昨日は台風が北上した直後に
日差しが差し込み、まだ残っていた雨の区域を照らし出して美しい虹を架けてくれました。。

多摩川沿いを車で通っていたときに見かけたので、写真を撮る頃には薄くなっていましたが。

登山中には、虹は時々顔を出してくれます。
特に珍しいのは、自分の影の周りに360°の虹がかかるブロッケン現象。


これは私が撮影したのではありませんが、
自分の影が霧に落ちた時に起こる現象なので、天気のよい日に山の稜線を歩くと、
足もとに湧いた霧の中に虹が架かるのです。

こういう景色が見える稜線までには、いつもどおり長いアプローチがあるのですが。
しっかりと、


炭水化物

を取りながら。

色紙にするほどのことか・・・。
と言いつつ、かなり目についたので。
人間が生きる上で大切な栄養素ですもんね。

吉祥寺にあるナポリタン専門店の店頭で見かけました。


店名は、「パンチョ」。
右上に小さく書いてありました。

その名は往年のプロ野球ファンはドラフト会議を思い出しますね。


いい声です。

巨人に指名された大森は、期待はずれでした。
指名されなかった元木大介、生意気でした。

しかしこのパンチョ、見た目には店名などどうでもいいという割り切りを感じます。
確かに、昼食へ行くときに、「あのパスタのうまい店」とか「500円定食の店」とか
いいますよね。

はじめから店名よりも店の定義が大切だと言うことを店名の代わりにしている手法。
計算なのかどうかまでは知りませんが、広告的には成功だと思いました。

だってナポリタンって、古い喫茶店のにおいがして、
ラーメンと同じように時々食べたくなるんです。
いつか一度入ってみようと思います。

ところでこの台風一過、水曜と木曜が最高の天気になるみたいですね。
ああ、白馬岳に行きたい・・・。
posted by 原 晋 | 21:33 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
カボチャ空
会社員を辞めて以来、初めて土日を含むとはいうものの10日間という休みを取りました。
車で香川経由で実家のある福岡へ帰省。

朝3時すぎに出発して、1000円高速がなくなった東名高速に、
半額になるギリギリの4時前に乗り、浜名湖まで3時間で到着。

このまま順調に行くと、初日の目的地である淡路島には10時半頃には到着するという
ナビの予想タイム。

でもそこから「渋滞予測」にはない事故渋滞3件と、神戸付近の渋滞で、
結局浜名湖まで3時間しか掛からなかったのに、そこから淡路島までは10時間・・・。

日本の車の数はそんなに多くはないとは思うけれど、
都市部の交通網の整備は急務。

それなのに予算が投下されたものの、
一度は止まったはずの新東名高速道路は徐々に建設が進んでいました。

おそらく必要ないですね。
少なくとも、財政難のいまやるべきことかどうかは怪しい。

これは高速道路だけの問題ではなく、きっと休みが同じ時期に集中することと、
休みの期間が短いから余裕がないことに、大きな原因があると思っています。

会社員時代には、私は6月に2週間の休みを取ることが通例でした。

だいたい自分の休みを決められずに後回しにしてしまう上司への遠慮から、
夏休み取得期限の9月に取得者が集中して、結局夏休みが取れなかったり、
分散して休んだり、つまらない日本の遠慮だなあ、と思っていました。

だからもう3月には飛行機のチケットを押さえて、そこしか休めない状況を作って、
部内全員の休み予定記入表を作って、自分のだけ先に記入して上司に承認してもらってました。

日頃は全力で働くので、せめて休みくらいは自分の意志で取らせてほしい。
そう思っていました。

独立してからも、それは変わりません。
もちろん、休みの中に仕事が食い込んできたり、緊急で対応しないといけないこともありますが、
だいたいは夏休みを取りますと宣言してしまえば、その日程は避けてくれたり、
打ち合わせをずらしてくれたり、日程調整してくれるものです。

それが原因で仕事がなくなったこともありません。
むしろ上司がいない分、無駄な予定表作りの時間もなくなって、
仕事に集中する時間が増えたかもしれません。

そうして2日目にたどり着いた香川の海と空は青くて、草間彌生のかぼちゃがよく映えていました。


そういえば美術の中でも、こういった現代芸術作品はあまり積極的に触れずに来たように思えます。
それはきっと、美術館の中に鎮座していて、作品を次々に見せられることの圧迫感を
どこかで感じていて、フラットな気持ちで触れたり感じたりするのではなく、
お金を払ってその場所に美術を見に行っているという意識だったからだと思いました。

一年中港に座っているこのカボチャは、存在感としては「見てくれよ」と言わんばかりですが、
実際には、ただそこへ行くだけで目に入ってきて、大きさや存在を感じることができました。

それが美術への正しい触れ方なのでしょう。
香川の島々を10年がかりで美術で埋めていく活動をした安藤忠雄をはじめとする
建築、美術のメンバーの考えや意図がよくわかりました。

このカボチャのある直島には他にも、
集落の中の建物を美術品に変えた「家プロジェクト」という地域や、
時間がなくて行けなかったハイライトの地中美術館などがあり、
それぞれ自然体で美術へ触れられる仕組みからよく考えられていました。

こうすれば美術を「芸術だから、見てくれ!」と声高に言う必要や、
有名な芸術家の作品を客寄せ用に持ってくる必要はないと思いました。

何度見ても何度見ても、いまいち理解しにくかった現代芸術に、
36歳にしてようやく目覚めた感じがします。

惜しむらくは、この香川という場所のすばらしさを知るきっかけとなった
香川県PRの仕事に競合で負けたこと、ですかね。

アートプロジェクトを実現する感性はすばらしいので、
あとは広告への感度を高めてもらえたら、もっと観光客が来るだろうに。


かがやくけん、かがわけん。

北海道をPRした名作コピー、

でっかいどう、北海道。

を作った故真木準さんが、香川でも作ってました。
後釜になりたかったな。

香川には、まだアートプロジェクトの島々がたくさんあって、しばらく通うことになりそうです。
また来年。

posted by 原 晋 | 17:44 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
接点ブランディング
なんだかぬるい空気が出てくるなあと思っていて、
なかなか冷えないから全力で運転し続けていたわが家のエアコン。

おかしいなあ、と思いつつ、まあちょっと暑いけど湿気は取れるし、
くらいの気持ちでちょっと使っていたら、父が上京して、
「こりゃ、エアコンのガスを入れ替えた方がええ。」と。

不幸は重なるもので、昨年購入したばかりの扇風機も調子が悪くなり、
なぜか首振りが止まらなくなり、微風にならずに全力で動き続けるという、
よくわからない現象が起き始めました。

これは困ったと、まずは隣の部屋の6畳用のエアコンで我慢してみるかと、
全力で動かして見たものの、だいたい29℃くらいのリビング。

ほぼ屋外。
しかも風があれば、窓を開けていた方がまだ涼しい・・・。

節電だし、今年はこんなもの、とは言い難い暑さ。
風情とは、おそらく田舎の木造住宅の縁側で風鈴の音を聞きながらスイカを頬ばることで、
東京の狭いマンションには縁のない話だということを実感しました。

じゃあ修理だと、さっそく依頼したら見に来てくれたおじちゃんに7万円と言われ、
たいていの家電製品の場合と同じように、人がどれだけ大切に使っても、
これからも使おうと思っていても「買い換えた方が安いですよ」と言われるわけで。

エコじゃないとか思っても、少なくともないと死んでしまうくらいの異常な暑さであると、
「じゃあ、買うか」となります。

ということで、検討。
検討と言っても、すぐに必要なので、大至急。

各社のホームページよりも価格.comの消費者の意見のほうがわかりやすいので、
まずは見てみるものの、種類の多さに辟易し、忙しい私には無理、と断念。

広告屋としては、やっぱりここで各社のイメージを整理してみます。

Panasonic・・・ナノイー&エコナビ


ナノイーは、まあお肌気にしないし、どっちでもいい。
エコナビは、放っておいても勝手に節電してくれることは記憶に残ってるけど、
タレントだらけで、しかも言わされてる感たっぷりだからうさんくさい。
三谷幸喜離婚したし。(関係ないけど)

三菱電機・・・ムーブアイ

藍ちゃんがちゃんと見張ってくれてて、人がどこにいるかによって風を使い分けるのね。
商品はよさそうだけど、藍ちゃんの使い方が残念すぎて、商品イメージがダサすぎ。

シャープ・・・プラズマクラスター

それだけ。
刷り込み。
CMの手口が昭和。
なんかキレイそうだけど、こないだ掃除機も買ったし、まあいいか。

ダイキン・・・ぴちょんくん

こいつは好感が持てます。
いつも電車の車額2面で広告をしていて、コピー主体で、水色と白の方眼デザインの読み物広告。
上下左右から風が出るとか、
好感度◎。




日立・・・エコに足し算


嵐。
ただただ、嵐。
好感度ゼロ。
櫻井翔はたぶん掃除しない。
あ、これ掃除機か。


マツジュンか。
いずれにせよ、どっちでもいい。
基本性能まったく伝わってこない。

富士通・・・記憶ないなあ


野茂!
思い出した。
思い出したし、野茂は好きだけど、CMは・・・。
まあ電気代が安いのね。

ということで店頭へ行ってみよう、と。

すぐ近所にあるコジマに行こうと言う妻を制して、吉祥寺のヨドバシへ。
そう。
コジマはだいたい安いのですが、商品説明となると、かなり微妙なのです。
こちらが商品を決め打ちで行く場合には大変ありがたいのですが、
まだ決めかねているうちに行くと、どれを買ったらいいか決められないくらい
商品知識が少ないことが多いのです。

なので、ヨドバシカメラへまずは行ってみましょう、と。
ビックカメラでもいいんですが。

彼らは、「エアコンを見に来たんですが」とひと言伝えるだけで、
だいたいひと通り説明してくれ、質問にも答えてくれます。

そして出てきた店員さん。
あ、この人は三菱電機から派遣されてますね。
ということは三菱電機しかオススメしてきません。
でも三菱電機については異常に詳しいはず。

聞いてみると、予想通り。

ひと通り全部説明してくれますが、ちょいちょい他社製品の悪いところを教えてくれます。
そして三菱電機のいいところをくわーーーしく説明。
わが家はちょいと電気工事が必要だということまで、東京電力に確認してくれる徹底っぷり。

いいですね。
ありがとうございました。
こんなにいい製品なのに、宮里藍しか残らないCMは、ホント意味がないですね。

ではコジマで買ってきます。
とは言えないので、「検討します」と言って、コジマへ。

ほぼ三菱に決まりだけど、コジマへ行くとだいたいまたどこかの社員さんが派遣されてるから、
その人の意見も聞いてみましょう、ということで入店。

店員・・・現れず。
ようやく捕まえた店員さんは、お、好感度の高いダイキンさんですぞ。
話を聞いてみましょう。

「どのエアコンがいいですか?」
「えーと、上から2列目のエアコンがお客様の探している14畳クラスでは、
 もっとも機能が高いもので、各社並んでおります。」

それはねえ。
見ればわかりますよ、店員さん。
で、

「どれかオススメありますか?」
「あ、今、こちらの三菱電機さんのエアコンが値段も安くなってますし、当店ではオススメです。」

ダイキンちゃうんか!
三菱でいいんかいっ!!
これまで築き上げられたダイキンのすばらしいイメージどっかーん。

じゃ、容赦なく。

「へえー。じゃ、その三菱で。あ、この10000円引きクーポン使えます?」
「あ、それ、今のこのスペシャルプライスからだと併用できるかどうか・・・聞いてみます!」

チラシに入ってたクーポンのことには積極的なのね。
粘り強く交渉してきてくれて、10分後。

「使えますんで!!」

買うものが決まっているときは、コジマに限りますね、やっぱり。
ヨドバシと同じ製品を、工事費まで合わせると3万円も安く購入できました。

にしても、あ〜 ダイキン。
せっかくいいイメージを抱いている顧客を、思いっきり逃しましたよ、今。

長年築いてきたブランドが力を発揮するのは、ブランドと接するほんの一瞬なのに。
店頭で説明すべき店員さんにまでその「誇り」が浸透していなかったんですね。

今回のエアコン購入は、引っ越して以来、なんと10年ぶりです。
つまり、次にダイキンのエアコンと接するのは、また10年待つ可能性があるわけです。

もちろん、わが家にはあと2台、10年モノのエアコンがあるので、
もう少しそのスパンは早まるとは思いますが、
この購入頻度は、より高額な自家用車よりも少ない。

それでもいつか接点を持つことになる可能性がある人へ向けて、
このダイキンの広告は粘り強く続いているわけです。

もちろん、今回のことでダイキンへの好感度は下がりはしませんが、
せめて購入候補として検討するところまで引き上げてほしかったです。

ブランドは広告だけではできない。
エアコン購入で我々広告の人間は、もっと深くまで企業との関係を築き、
表面的に終わらない広告をする必要があります。

そうあらためて実感しました。

posted by 原 晋 | 15:40 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
手を愛する足
パナソニックがサンヨーの白物家電部門を中国メーカーに売却しました。
日本企業が、過当競争の日本を勝ち抜くために自社の弱点を補強し、強みを伸ばす。

そのこと自体には特に反論もなく、競争社会の中で今後も必然的に起きていくことだと思います。
ところがこの売却は、その弱点は補えたので、強みの部分をさらに強くする必要がないので、
欲しいところありませんか、と募ったところ、100億円で中国メーカーが手を挙げた。

そういう風に見えました。
雇用はそのまま中国メーカーにスライドするそうです。

そう。
日本の技術ごと100億円で中国メーカーが手に入れることになります。
国際競争力という意味において、かろうじて日本の技術はまだ信仰の対象であり、
だからこそ日本という国が国際社会においてなんとかポジションを築けてきます。

その技術を手放す。

先日、ある人と話していたとき、今後日本人はユダヤ人のように、
国を持たずに各国で頭脳で食っていくようになるのではないか、と。
ただ違うのは、日本人は、もはやそれほど愛国心がないのではないか、ということ。

この国に留まることは、この国の高い税金を払い続け、その税金を惜しげもなく
無駄に使い続ける政府(というより過去の慣習のまま生き続ける亡霊のような官僚)のもとで
不満を抱えながらも、時々訪れる小さな幸せを、
それが大きな幸せなんだと前向きに捉えることで自分を納得させる。

そんな世の中に生きるということを意味します。

企業はとっくにそんなことに嫌気がさしていて、自分たちで解決策を見いだしつつあります。
ユニクロは社内の公用語を英語にし、ソフトバンクはサーバーを韓国に置きました。
そして自社と社員を守るためになりふり構わなくなってきたとき、
税金の安い海外に本社を置くようになったら。

どんどん日本の技術という財産は散開し、継承者は減り、
技術を資本とする国にはお金が入らなくなって、さらに技術は育たなくなるでしょう。

先日、靴を見に行きました。
日本の靴も高いですが、海外の靴は特に。
バーゲンでも、いい値段。

靴の関税は高いらしく、それは日本の靴職人を守るためのものらしいです。
だから日本で見る外国の靴は高くて、海外ではあんなに安いんですね。

カンペールの靴は昔から好きで、ヨーロッパへ行くたびに買ってました。
10年くらい前にもらったこのマウスパッドをいまだに使っています。


そこにある企業スローガンが好きで、


Walk, Don't run
歩こう、走らずに

履き心地のよい歩きやすい靴を作る靴ブランドであることが、
これほど簡潔に示されている言葉はないなあ、といつも思います。

だからずっとこのマウスパッド。
実は2代目なんですけどね。
1枚目は7年くらいで崩壊。
2枚目の寿命もあと4年くらいでしょうか。

そのカンペールには、近年、バッグが徐々に置かれはじめ、
売場の一部を占めるほどになりました。

そのバッグのシリーズは、



CAMPER for hands
手のためのカンペール

と言うんです。
靴ブランドだから、あくまで靴目線。

イラストまで、足 loves 手。

徹底したブランド管理と、それをユーモアとして活用するところに、
ブランドとしての堂々とした余裕と遊び心を感じました。

カンペールというブランドへの好感度がますます上がりました。
ま、要するに買っちゃったんですけどね、バッグ。

スペインの技術は遠く日本でも支持され、でも本国でもちゃんと支持されています。
何十年も続く日本のブランドは、この先生まれてくるのでしょうか。

目先の買いもので、少し考えすぎましたか。

posted by 原 晋 | 20:49 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
コンクリート国家
3週間が経ってもなお、熱を帯びていて、その熱がさめるにはまだ時間がかかりそうです。
夏の暑さとは少し違う、熱さ。

久しぶりの海外は、香港でのトランジットで半日を過ごして以来のアジア。
沖縄の先、石垣島の隣、台湾は九州ほどの大きさだけれど、日本とは違っていました。

仕事で行ったとはいえ、その目的は文化に触れること。
もともと旅が好きなこともあって、観光地よりも台湾の一般の人たちが行くような場所にばかり
連れて行ってもらいました。

ツアーというものに加わったことがなく、
ガイドさえほとんど付いたことがない個人旅行ばかりをしていた身としては、
空港で待たなければ行けない時間や買いもしない免税店での買物に付き合わなければいけない
ロスタイムはもったいなかったのですが、その後にクライアントさんに案内された場所は
自分ではなかなか探せない台湾の魅力がダイレクトに伝わる場所ばかりでした。

たぶんこれまで一生のうちで食べてきたのと同じ量のマンゴーを食べ、
一生でいちばんおいしい小龍包に舌鼓を打ち、
1日に7食を食べたのもなかなかない経験でした。(体重1キロ増)

雑多で、ごちゃごちゃしてて、いま自分がどこを歩いているのかさえわからなかったけど、
発見する楽しみにあふれていて魅力的。

人は、日本統治時代があったとは思えないほど日本人にとてもやさしく接してくれました。
聞くとどうやら日本が統治していた時に日本の教育制度を導入したことにより、
勤勉な国民に育ったことに感謝しているとか。

それは台湾にその国民性がもともとあったからかもしれませんが、
ともあれアジアという、本来日本がリードしていかないといけない場所における
特に近年の日本の地位の低下が著しい時代にあって、
台湾のように日本に対して好意的な印象を抱いている国があることはうれしいことです。

本来アジアに接する際にどの国にもそんな印象を抱いてもらえる日本でありたかった。
そんなことを思いながら、日本人をお金持ちだと考えて騙そうとする、
かつていろんな国で経験した態度とは違う人々に、好感を持ったのは間違いありません。

2泊3日のスケジュールは過去最短のスケジュールでしたが、
過去のどの海外よりも凝縮されていた分、濃密な時間を過ごせました。

わずか3時間半のフライトを経て降り立った羽田。
新宿に向かうバスの中から見たこの東京の整然とした町並みは、美しいのだけど、
どこか感情移入できないコンクリートのような印象を受けました。

そこに探す楽しみがどれほどあるのでしょうか。
物を探す楽しみにはあふれているかもしれませんが、街そのものは人が作った空間で、
快適さを追い求めた結果、どこへ行っても東京にはほとんど同じ風景が広がっています。

きちんと行うことはすばらしいことだけど、きちんとやることだけが目的になった社会は怖い。
4年ぶりの海外が、初めてのアジアが教えてくれたことは、成熟が当たり前になって、
サービスが過剰になった日本という国が、自分に課したその高いレベルのルールを
自ら守ることに精一杯になっていないか、ということでした。

そして踏み外した時の過剰な批判。
それを怖がることによる隠蔽。
技術は成熟していても、国民の成熟はできていない。

台湾は未成熟かもしれないけど、可能性を感じました。
ゆるやかな社会のほうが生き生きとしていて、だからクライアントは日本での起業ではなく、
最初から台湾での起業に決めたのでしょう。
熱気や活気は、凝り固まったルールからは生まれない。

その活気がちょっと暴走していても、


○ンパンマン?

たとえファストファッションが掲げる永遠の若さが21歳ではなく、
ちょっと控えめであっても、


FOREVER21?

それを許容する活気や熱気のほうが、魅力的に思える。
そんなことが、行ってみてよくわかった初めてのアジアでした。






posted by 原 晋 | 17:09 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
デジタル内アナログ
まだ写植がわずかに残っていた99年に入社して、
Macがどんどん隆盛を迎える過程をデザイナーのそばで営業として見ていたので、
その力にあっさりと感化され、自分でイラストレーターをちょっといじってみた時期もあります。

かといってアートディレクターになりたい訳ではなくて、
なんでもやってみてその苦労とか、難しさとか、便利さとかを体験することで
それを使う人の気持ちがわかるようになるという意味で勉強になりました。

まあ、自分にはできないということですね。

デザインが夜中に上がってくるのを、見積もりを書いたり書類を作ったりしながら待っている
営業時代の毎日は、もっともデザインの現場に近いところにいた時期でもありました。

デジタルでスピードがどんどん上がって行く。
その様子を目の当たりにして、それがビジネスにどんどん結びついていて、
でもそのスピードが常識になるにつれて、我々営業の、人間としての生活スピードを追い越して行く。
そんなデジタルのスピードに追いつくのに必死でした。

いや、正確に言うと脱落者もたくさんいましたし。

その反動が今頃出てきたのか、アナログなデザイン、アナログなやり方、
目で見る、手で触れることに、ここ数年こだわりを持つようになりました。

キレイでまっすぐなものより、ザラザラした違和感のほうが、実体験として心に引っかかる。
作られたボルダリング場より、山腹の壁に取り付くほうが面白いのと同じ感覚。

twitterもfacebookも始めたし、こうやってblogも書いています。
その力の大きさはすばらしく、そして面白く、だからこそやっていると思うのですが。

でもまだその力だけに頼るのはどこか違うと思っていて、
その中にどれだけ人としてのザラつきを入れられるかということに執着しています。



アメリカ生まれのブランド、マンシングウェアの中で、
企画から製糸、染色、縫製にいたるまで、100%日本製の商品を出す。

そう担当の方から聞いたとき、少しの驚きとともに、しかしその決意の強さに、
どのようにこのすばらしい商品の魅力を伝えて行くかをいっしょに考えたいと思いました。

だから、ネーミングから考えさせてくださいと言いました。
商品サンプル以外に何もできていないところから関わりたいと思いました。

打ち合わせを重ねる中で、メインビジュアルは工場にしようと思いました。
商品が生まれる現場の魅力を伝えること、この商品のことを考えてもらえるきっかけになる、と。


「日本製とは、何か。」というコピーは、
震災後のこの時期にあらためて日本という国、その技術のすばらしさを日本国民自身に
考えてもらいたい、という想いから出たコピーでした。

特に説明もなく、問いかけに終わらせる。
投げっぱなし。
そのモノクロのストイックなビジュアルと、鮮烈な3枚のポロシャツと合わせて、
このポスターが日本について考えるきっかけになるといい。

そんな思いが込められています。

同時に提案したのは、日本製ですから、色は和名にしましょうということでした。
自分がほしい商品への愛着を抱いてもらいたい、と。



そのために、色についての「語り」を入れました。
製品の品質がとても高く、デザインはシンプル。
一過性のファッションではなく、長く着られるポロシャツですので、
自分が着ている服に愛着を持ってもらうことが大切だと考えました。

そして、既存の売場の外へ出ましょうと提案しました。
そのために、ポスターを現物で作りましょう、と。


さまざまな苦心の末にできあがった、一枚ずつ手作りのこの18色18枚のポスター。


真空パックで壁に貼り付ける。
ものすごく新しい手段ではないけれど、このアナログ感で、
普通に驚きを与えられるのではないか。

自分が通行人だったら、目に留まるんじゃないか。
手で触りたくなるんじゃないか。
心にザラつきをあたえられるのではないか。

そして、お店に行かなくても商品に触れてもらえる。
固定ファンが多くを占めるがゆえに、商品との接点は店頭に限定されていた
このブランドにとって、あらためてマンシングウェアという存在を確かめることにつながる。

そんな考えから生まれた企画でした。


出来上がった広告は、アナログです。
何かそれが日本という国のよさであり、国民性なのではないかと思うのです。
西洋とは違う、日本的な文化の香り。

広告は、複雑で、人の手の届かないところへ行っていないでしょうか。
広告は、遠くへ行ってははいけないような気がしているのです。
もっと身近なものだと思うのです。

だからこそ、心が動かされる。
自分のことと思ってもらえる。
商品との心のつながりをもってもらえる。

結果、仕込まなくてもtwitterやメディアでデジタルに広がる。
それが理想的です。

まだどこまで達成できたかはわかりませんが、自分が手がけた広告で
もっとも消費者からの手応えのあった広告になれた実感は、少しあります。

これからもシリーズ展開されるOne Thing by Munsingwear。

まだやりたいことがたくさんあります。
これからもクライアントさんと膝を付け合わせて、次に向けた提案をしていきます。

乞うご期待。
posted by 原 晋 | 13:16 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
鬼は外
4度目の中央大学はあいかわらず朝のラッシュで、
玉川上水からのモノレールの空き座席は入れ食い状態。

南下する距離は意外と長く、骨折の左足にとっては朝から辛い満員電車の中を、
二十歳前後の若人と過ごす時間は、過去3度の通学よりも緊張しました。

1限という、勉学が本業であった学生時代でさえも通う機会の少なかった時間に、
社会人になって、その学生たちに自分の財産を少しだけ分けに行っていることが
どこか滑稽で、どこか嬉しい。

待ち合わせ場所の改札は学生であふれていて、でもこの4人は少しクリエイター然としていて、
学生に紛れていたとしても違和感のある30代は
大勢の学生の中であっても、その姿を容易に認められます。

きっと公務員や銀行員にはなれなかった、というより、馴染めなかったこの4人は、
だからこそ刺激に乏しい学生たちにあたらしい世界を披露することができるのではないでしょうか。

シカクからは原と大久保雅人の二人。
前回講義してくださった中大商学部OBでADK所属の、TCC同期、合田英士氏。
そして今回講義した中大法学部OBで博報堂所属の、井口雄大氏。

ひょんなことで知り合った関係が、長く続く。
それはとても幸せなことで、一過性の関係が多い世の中で、大切にしたい私の財産。
中央大学という1つのキーワードが二人を呼び、今回の講義につながりました。

もちろん、声を掛けてくださった大学時代のゼミの先輩には
最大の感謝の意を表明しないといけませんが。

井口とはカンヌで、合田さんとはTCCで、それぞれ2003年からの付き合い。
もう8年になるんですね。

講義はメジャーな作品に魅せられた学生に好評で、
私が行った講義よりも反応もよかった気がしました。

さすがは博報堂。
学生はわかりやすい反応を見せます。

昼食を全員で共にし、それぞれ職場に戻り、ひと仕事ふた仕事終え、
夜はサッカー部有志の会合へ。

私にとって母校のような存在である新入社員で入った広告会社は、
卒業して時が経てば経つほど辛い思い出は薄れ、楽しかったことだけが思い出されます。

だから今も、高校1年で学業成績不振のために退いた
サッカー部以来の部活を大切にしているのかもしれません。

フリーになって帰属意識の薄れた自分に、唯一集団の中に存在を見いだせる場所として、
気を許した自分でいられる場所として、貴重な存在。

世間はいいことのほうが多いと、どこか性善説を信じているお人好しな自分を、
やっぱりそうだと思える前向きな場所。

それがこの部なのでしょう。
今日も、ただただ楽しい夜でした。


渡る世間は鬼ばかり 中華 幸楽 餃子

しかしどうも日本人にはネガティブな意識が根底に流れていて、
それが橋田壽賀子という脚本家のフィルターを通すとその日本人らしいネガティブさが
顕著になるような気がして、どうも「おしん」以来好きになれません。

「渡る世間は鬼ばかり」というドラマはそんな日本人の、
身内や第三者への批判的態度を象徴的に増幅させて共感を得ようとする態度が、
見ている自分をどうしようもなく暗い気分にさせてしまいます。

でも木曜日に早めに家に帰ってしまうと必ず
このドラマが自宅のテレビに映し出されていて、
帰ってくるんじゃなかったと風呂やパソコンへ逃避してしまいます。

とはいえこのドラマがウケる理由もわかります。
このドラマからは日本人らしい生真面目さや、はみ出すことをよしとしなかった歴史を
見ることができるのです。

日本における「鬼」とは常に
「世間」という平等・均一社会から上へ伸びようとする存在への嫉妬か、
下へ落ちてしまう存在に対する罵倒。

それをドラマという架空の世界で見せてくれる。
つまりそれは自分の思いの代弁者であり、ドラマである限りは自分に一切の害が及ばない場所で、
自分が「世間」に抱いている憂さを晴らしてくれるのです。

だからこの番組がウケる。
ただ私にとっては、世の中をネガティブに捉えて、
よりネガティブに描こうとするこのドラマは苦痛以外の何者でもないのです。

そのドラマも、ようやく終わりを迎えることが発表され、ラストシーズン。
長年続いたシリーズが終わることに一抹の寂しさは・・・まるでナシ。

ただ、このコラボ餃子で気になったのは、

国産豚肉使用

は安全性を重んじる態度に対する担保として謳うべき事実ですが、

にんにく不使用

だということの意味。

ネーミングからのイメージは、中身がドロッドロの救いようのない餃子か、
風当たりの強い激辛餃子か、だったのですが、
「幸楽」の名を素直に読み取れば、人気のおいしい餃子を生む街の中華屋という
無難なところに落ち着きます。

ドラマに刺激が多い分、餃子は刺激を控えたのでしょうか。

とはいえその存在は、手に取らせるための刺激になったのは事実。

架空の存在をプロモーションに使う例は数あれど、
その味がドラマの中心に据えられているわけではなく、
味の担保が未知数にもかかわらず、興味をそそる存在でした。

一過性の商品であって、定番にはならないでしょうけど。

ともあれ、このドラマ。
ありがちなスペシャルで、2時間ドラマとかで復活とかするんでしょうね。
確実に視聴率が取れる、計算できる存在。

はみ出すことをおそれる国のドラマですから。
posted by 原 晋 | 01:53 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |
奇跡の広告
洋楽から本格的に音楽に入っていった身としては、バンドというものは常に変化し続けるもので、
日本のバンドのようにメンバーがずっと変わらずに固定されているということは、
個のぶつかり合いを嫌う日本らしい感じだなあと思っています。

メンバーチェンジよりもむしろバンドの解体へと向かうのも、日本的というか。
メンバーを大切にしているということの裏返しでもあるのかもしれません。

だいたいカリスマのフロントマンがいて、作詞作曲もそいつがやっていて、
最初は「売れたい」という明確な目標があるので全員がその方向を向いてがんばるけれど、
いざ売れ始めるとだんだんお金の取り分とか、やりたい音楽性とかの違いが現れてきて、
1人脱退、2人脱退となり、活動休止。

そして新たなメンバーを迎えて同じバンド名で活動再開となり、また同じ問題を抱え、決裂。
その繰り返しの後、昔だったらだいたいフロントマンがドラッグに溺れたりして、
バンドは崩壊しはじめ、ついに解散を迎えます。

でも5年くらい経つとお金に困るか名声を取り戻したいかのどちらかで、
音楽性の違いなんかどこへやらという形で再結成。

ワールドツアーでひと稼ぎして、アルバムを1枚出して、お疲れさんという感じで
再び活動休止してしまいます。

優秀なCDが一人いて、その人のところにはたくさん仕事が集まっていて、
コピーライターもアートディレクターもやってきて、
みんな付いて行くんですが、途中からどんどんたいへんになってきて、
最後は落伍者が出始めて、さすがに付いて行けなくなってきて、チームは解散を迎える。

なんか似てる感じがする。

震災の直前に行った武道館はほぼ満員で、2階席ほぼ正面から見下ろす舞台には、
いつものメンバーに1人加わった4人編成の、元の姿を取り戻していました。

前回3人編成で聞いた時は不完全で、ソロパートが表現されておらず、
ライヴの醍醐味のひとつである昔の曲が冴えない形でセルフカバーされている感じでした。

ツアーに同行したフジファブリック山内総一郎はけっこうな腕利きで、「青い空」も出だしから完璧。
ああ、かつてのくるりが戻ってきたという感慨。

最初はドラムがいて3人編成で、その後ギターが加わって4人になったり、
ドラムが外れて3人になったり、その後はしばらくずっと3人でうまく行ってて、
そのうちクリストファー・マグワイアなんていう外人さんがドラムに加わって、
ようやく形が整ったと思ったらすぐまた脱退して、そのうちギターも一人減って、
もはやB'zかという状態の2人になり、現在に至るくるり。

やっぱり、天才肌の岸田に着いてくのは並大抵のことではないのでしょうか。

数多くのバンドを見てきた(つもり)私としては、いいバンドには必ず優秀なリズム隊がいます。
ベースとドラム。

くるりの場合、ベースは佐藤なのでずっと変わらないのですが、ドラムは固定せず。
クリストファーはくるりには刺激が強すぎたかなあという感じだったのですが、
今回あらためてライヴに行って思ったのは、サポートドラマーのBOBOがめちゃくちゃいい。

前回もBOBOでしたが、今回は山内総一郎がいた分、バラエティに富んだ曲をやったので、
BOBOの力が大いに発揮され、その実力の高さがよくわかりました。

とはいえ岸田が気に入らなければ、サポートのままなんだろうな。

帰りにめずらしくグッズ売場に寄りました。
グッズ持ってると、なんだかものすごくファンだということが見え見えで、
それが嫌なのでたいてい何も買わずに帰るのですが、今回は吉田戦車デザインの
ゆるーいTシャツと、そして欲しかったくるりの詩集。

歌詞が書いてあるだけなのになんでそんなもん、と思うかもしれませんが、
その歌詞が好きなのと、買ってよかったのは、そこに裏話が書いてあったこと。

くるりには「東京」というメジャーデビュー曲があって、それはちょっと切ない歌なのですが、
岸田がメジャーデビュー間もない頃、新幹線で東京と地元京都を往復していた時、
売れないことに悩んでいて、もう音楽なんかやめて地元に戻ろうかと思っていたそうです。

その新幹線から降りる時にすっと手紙を差し出す女性がいて、そこには、

「私も東京に来た時に、くるりの東京という曲に何度も励まされました。
これからもがんばってください。」

というようなことが書かれていて(もっと感動的だった気がするが)、
その時に音楽やめなくてよかったと。

私は東京に来てから何年も経ってこの曲と出会ったのですが、
今も時々この曲に支えてもらっています。


音楽は何をくれるんだろうとか、何で歌いたくなるんだろうとか、
意味を考えるよりも、ただ聞けば、ただ歌えばいい。

それは根本的な人間の欲求の部分だと思います。

岸田がその武道館ライヴでやってくれた曲。
大好きな曲のひとつ、「ブレーメン」。

この曲に入る前のMCで、彼はこんなことを言っていました。

「曲を演奏すると、だいたいどの曲にも目の前がぱーっと開ける瞬間があって、
 その曲をなぜ書いたのかわかった気がするんです。
 でもこの曲はまだ演奏しても目の前が開けなくて、まだ何のために書いたのか、
 だれのために書いたのか、よくわからないんです。」

と。
大好きな曲ですけど、「東京」のような理解はまだ私の中にも、たしかに生まれていません。
だからまた、聞きたくなるのでしょうか。


そのくるりの歌詞が、歌詞だけが広告になっていました。


映画の主題歌で、この武道館でも最後のほうにやってくれた曲でした。
いい曲だったけど、まだ思い出せないでいます。

彼の音楽は歌詞がいいので、この歌詞からこの映画が思い浮かぶ。
そんなしかけになっている潔い映画の広告。

くるりファンは、きっと観に行くんだろうな。
観に行きたいと思いました。

ごちゃごちゃした広告が目立つ昨今、こういう広告には好感が持てます。

ただ予算がないだけだったりして。
なんて考える広告関係者。

そんなこと言ってたら、CDにメンバーチェンジを言い渡されそうだな。
posted by 原 晋 | 20:07 | 広告 | comments(0) | trackbacks(0) |